そして同じように、士郎は「正義の味方」からも挫折できずにいるのです。
桜が士郎に与えた影響について
さてここからは、いよいよ本作のヒロイン桜の役割について解説していきましょう。
一般的な物語では主人公が正義の味方になるために、守るべき存在が欠かせません。
多くの場合その守るべき存在こそがヒロインの役割となるのです。
ただ、本作におけるヒロイン桜の役割は「一般的な物語」とは一味も二味も違います。それだけに桜という存在はかなり複雑。
結論を言ってしまうと、桜はまったく正反対な2つの影響を士郎に与えています。
正反対な2つの影響
それは簡単にいうと「戦う理由」と「戦わない理由」の2つ。
この相反する2つの影響こそ桜というヒロインの複雑さ、そして魅力の由縁なのです。
どういうことか。順番に見ていきましょう。
戦う理由〜守るべき存在〜
士郎にとって桜が守るべき存在であることはいうまでもありません。
士郎が慎二のサーヴァントであるライダーを倒した翌日、桜の顔にあざがあるのを見て士郎ははじめて怒りを露わにしました。
また別の場面では桜のために慎二に掴みかかりさえしています。
それまでの「博愛主義者」とは違う士郎の新しい一面です。
さらに、桜が倒れたときには手を握りながらこう言います。
「桜のことが心配だ」
引用:Fate:stay night [Heaven’s Feel]/配給会社:アニプレックス
士郎の背中がやけに頼もしく描かれる印象的な場面ですね。
聖杯戦争に参加する理由も「みんなを助けるため」というものから「桜が元の生活に戻れるように」へと変化しました。
士郎は桜の存在により少しずつ「正義の味方」らしく成長していくのです。
ここまでは先に述べたように「正義の味方には守るべき存在が欠かせない」という物語の王道的な展開だといえるでしょう。
戦わない理由〜明るい玄関の意味〜
一方で、士郎が怪我をするたびに心配をする桜がいます。
家事の指示さえ出せなかったセイバーに対して、はっきりと苦言を呈するなど、こと士郎のこととなると桜はかなり強気です。
勘のいい方はすでに気がついているかもしれません。
ここで見えてくるのがまさに桜の「母親的」な側面なのです。
遡ってみると桜が士郎の家に通うようになった理由も「士郎の世話をするため」でした。
最初は洋服をたたむことも出来ませんでしたが、どんどん上達して料理の腕前も士郎に追いつきそうなほど。
そして何より象徴的なのが明るい玄関です。
冒頭では士郎が「ただいま」と言いながら帰っても、家の玄関はまっ暗でした。まさに母親の不在ですね。
ところが桜に合鍵を渡してからは、家に帰ると明るい玄関、そして桜の「おかえりなさい」という声が出迎えてくれます。
これは士郎が無意識にずっと求めていたものでした。
士郎は弓道部を辞めた理由として、体を鍛えたかっただけだから、慎二が嫌がるからなどと語っています。
しかし、母親的な存在を獲得したことで「戦わない理由」が出来たのも大きな要因の一つといえるでしょう。
士郎は初めて「正義の味方」になること以外で人生の目的を見つけた(見つけかけた)のです。
桜の多面性が象徴するもの
桜が「戦う理由」と「戦わない理由」の2つをもたらす「多面的なキャラクター」であることは先述した通りです。
では、そのような桜の多面性は何を表しているのでしょうか。
この問いに答えることが、本作ヒロインの魅力を解き明かす鍵になります。
士郎の夢
桜という存在の多面性は士郎の見た不思議な夢にも象徴されています。
夕暮れの教室で、士郎は遠坂に抱きつかれたあと首に噛みつかれます。