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【ノルウェイの森】ラストでワタナベがどこにいたのか考察!池や雨のシーンは何の意味?レイコが7年前に失ったものの正体とは

もちろん、直子と肉体的に結ばれることができなかったことを苦にしての自殺との見方もできます。

しかし、語られないということは単純に結論づけることができない、観客に理解できるほど明確なものではないという可能性もあるのです。

押し出されてしまった命

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キズキの自殺の直前のシーンはワタナベとのビリヤード。

ワタナベに勝ったキズキが勝負の後にもう一突きしそうなところで場面が切り替わります。

これは、キズキは玉突きのように自らを死へと押し出してしまうという暗示とも捉えられないでしょうか。

二十歳になる準備はできていないのに押し出されてしまったと感じていた直子。

これらのシーンから、彼らは自らの意思ではなく、何か大きな力によって運命を突き動かされてしまっている状態であると考えられます。

水のシーンの意味

さまざまな水のシーンが登場する本作。ここでは、本作を解釈するのに特に重要だと思われる2つのシーンについて考察します。

池…直子のいる場所

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序盤で登場するフラミンゴのいる池、直子との再開の場の池、ワタナベがレイコと寝た後に差し込まれるシーンの池…。

池が映像として映るシーンには必ず直子がいます。ここから、池は「直子のいる場所」と捉えることができるのではないでしょうか。

特に特徴的なのは直子の死後、ワタナベがレイコと寝たあとに突然差し込まれるシーンです。

療養所の池を背景に、木の上に立つワタナベ、その幹の所にいる直子、少し離れたところにしゃがむレイコ。

レイコは立ち去りますがワタナベは木の上にいるままです。直子とは異なる立ち位置ではあるものの、離れはしません。

つまり、これはワタナベの肉体は生きている世界にいても、精神は直子という存在から離れない、という表現であると考えられないでしょうか。

そしてこのシーンがラストのワタナベのセリフを読み解く大きな手がかりとなるのです。

雨…緑が連れてきた「生」

Gustave Caillebotteジクレープリント アート紙 アートワーク 画像 ポスター 複製(パリ通り;雨の日)

作品中に雨が映像として出てくるのは3回。直子の誕生日、ワタナベが緑の家に行った日、ワタナベの誕生日です。

しかし、ここで見逃したくない…いや、聞き逃したくない音があります。

それは緑がワタナベのバイト先のレコード店を訪れた際にかかっていた曲”She Brings the Rain”。

「彼女が雨を連れてくる」という歌詞が何度も繰り返されます。

直前の緑の家とこのレコード店のシーンを一つのまとまりとして考えてみましょう。他の2つのシーンは「誕生日」です。

ここから、「雨」を「生」のモチーフとして捉えるとことができるのではないでしょうか。