出典元: https://www.amazon.co.jp/dp/B07Z849B61/?tag=cinema-notes-22
殺し屋と食堂という意表をついた組み合わせが、蜷川ワールドで彩られた2019年の映画「Diner ダイナー」。
「映像化は無理」といわれていた原作小説を見事にまとめあげたことでも話題になりました。
ダイナーで母への想いを消化していくカナコ。そんな中で出会ったスキンが、カナコの完璧なスフレを食べてなぜか発狂します。
何が引き金になったのか。彼が抱えていた闇とは?
そしてラストには無礼図との戦いで大怪我を負ったボンベロ。彼は本当に生きてカナコの店にやって来たのでしょうか。
完璧なスフレ
心に抱えたトラウマは色々な想いが複雑に絡み合っています。
そのため完璧なスフレでスキンが発狂した理由は、観る人によって捉え方が違うはずです。
完璧に対するトラウマ
幼い頃から母は彼に厳しく、常に「完璧」を強要していたのでしょう。
それが度を越した躾だったのか、虐待だったのかは作品中では言及されていません。
どちらにせよそれがスキンのトラウマとなり、大人になってもその呪縛から逃れることができずにいました。
完璧なスフレを目の前にしたスキンは、母に完璧さを要求され続けた幼少期に戻ってしまったのではないでしょうか。
彼には「なんで完璧にできないの?」という母親の声が聞こえてきたのかもしれません。
まだ不完全な自分がこの完璧なスフレを食べる資格は無いと思い込んだはずです。
自分を責め、精神が崩壊したスキンは観る人の同情を得ました。
母に見捨てられるという恐怖とともに心の底から母を愛していたからこその発狂だったとみることができます。
燃え尽き症候群
何かの目標に向かって走っているとき人間は生き生きしているものです。
しかしその目標を達成した時、生きる気力を失うことがあります。
それは心理学では「燃え尽き症候群」と呼ばれ、自殺に追い込まれるケースもあるようです。
完璧なスフレを追い求めることがスキンの生き甲斐でした。
そのため「完璧なスフレを食べる」という目標達成した時点で、スキンの生きる意味はなくなってしまったといえます。
異物入りのスフレを食べ続けることの方が幸せだったのかは分かりません。
しかし少なくともカナコに出会い、カナコが出してくれたスフレで死ぬのなら幸せだったのではないでしょうか。
パッチワーク
カナコにとって初めての客だったスキンとのやり取りには緊張感が漂っていました。
相手が殺し屋だと分かっていたのですから、命がけの接客です。