そして、それを映画の中にさりげなく描いているのです。
もう一つのミラクル
それは、レナードがポーラを初めて見たシーンでした。
ポーラは意識のない父親に野球の新聞記事を読んであげます。
その記事は、創設以来『お荷物球団』と呼ばれ最下位争いばかりだったニューヨーク・メッツが初優勝をしたニュースでした。
1969年のワールドシリーズを制したメッツの快進撃を当時の人々は『ミラクル・メッツ』と呼んだのです。
優勝パレードの日、テレビの天気予報はニューヨークの天気を「晴れ、ところにより紙吹雪」と放送しました。
監督の遊び心が垣間見えるシーンです。
窓の役割
研究が専門だったセイヤーは神経科の現状に苦しくなると、診察室の窓を開けて外を見ます。
ルーシーも、セイヤーたちが書いた床のパターンを頼りに窓の外を見み行きました。
レナードも事あるごとに窓から外を眺めるのです。
「窓」はこの映画にとって重要な役割を持っています。
彼らにとって、『窓』はどういう存在だったのでしょうか。
セイヤーの窓
床のパターンを思いついたのも窓の外を見ていた時です。
リルケの詩を読んだ翌日も窓を開けて佇んでいました。
何かを考えたり、自分を見つめなおしたりするときセイヤーは窓の外を見ます。
まるでリフレッシュするように彼は窓からの景色を眺めました。
セイヤーにとっての「窓」はまさしく現在なのです。
ルーシーの窓
ルーシーは床に描かれたパターンを使えば、窓まで歩いていくことができるまでに回復しました。
彼女の回復は、全ての患者の回復の象徴として描かれています。
「反射」なのか「意志」なのか不明のままただ漠然と歩き、窓の外を見つめました。
ルーシーがそこに見ていたのは1926年に、彼女が眠ってしまう前に見た景色でした。
潜在意識の中に埋もれていた「思い出の風景」です。
ルーシーは窓から過去を見ていたのでしょう。
レナードの窓
レナードもよく窓を見ます。
知らぬ間に歳を取った自分の顔を鏡で見た時も、薬が効かなくなって荒れていた時も窓の外を見るのです。
そしてラストシーンで去っていくポーラを見つめたのも窓からでした。
レナードは目覚めてからずっと「不自由」を感じています。
彼にとって生きることは「自由」でいることなのです。
レナードにとっての「窓」は、自分と自由を隔てる鉄格子であり、窓からの風景は憧れの未来でした。
それぞれの目覚め
ルーシーの反応を見たのがセイヤーの変化のきっかけです。
そんなセイヤーの姿を見て、エレノアも徐々に変わっていきました。
セイヤーとエレノアの目覚めとは
ルーシーによる発見は「セイヤーの朝」であり目覚めです。
セイヤーによる変化は「エレノアの朝」であり目覚めでした。
ここで「球の意志」がとてつもない伏線だったことが判ります。
「球」に意志はありません。しかし「球」によって変化が連鎖していったのです。
ルーシーもセイヤーも何かを変えようという意思は無かったにもかかわらず、第三者に化学反応のような変化をもたらしています。
ルーシーはセイヤーにとっての球であり、セイヤーはエレノアにとっての球でした。
球によって目覚めたのは患者たちだけではないのです。
レナードとポーラの目覚めとは
レナードは文字通り目覚め「レナードの朝」を迎えました。
眠り続けていたことを「遠くに行っていた」と言わせたのは、11歳のままのレナードを表現するためです。
そしてポーラにも目覚めが訪れます。