エレーナの父ロドリゴも、家族の愛を失っていましたが前に進むことで再び家族という大切な愛に巡り合えました。

別々の家族が、過酷な試練を乗り越えてエレーナという愛を見つけたのでしょう。

朗読された言葉「私が消えても」

道

私の人生、物語は私が消えても続いていく。

あなたと共に。

引用:ライフ・イットセルフ 未来に続く物語/配給会社:アマゾン・スタジオズ

上記のフレーズこそ、監督・脚本家のダン・フォーゲルマンが伝えたかった言葉ではないでしょうか。

母から子へ、父から子へ血は受け継がれ家族の物語は紡がれていくのです。

家族のストーリーは親から子供へと繋がり、まるで果てしない道のように続いていくのでしょう。

「信頼できない語り手」の存在

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本作では、エレーナによる「信頼できない語り手」の演出がされています。

このことが映画の受け取り方を二分させているのです。

信用できない語り手とは

本作ではオリヴィア・ワイルド演じるアビーの研究テーマとして「信用できない語り手」が登場しています。

元々は文学論のひとつといわれ下記のように考えられています。

語り手に関する議論において「一人称の語り手は信頼できない語り手である」との論

https://ja.wikipedia.org/wiki/信用できない語り手

要は、進行役である語り手が意図的に観る者をミスリードさせる技法です。

「ファイト・クラブ」では監督のデヴィッド・フィンチャーが巧みに、この技術を使って観客を誘導していました。

後半のナレーターは「信用できない語り手」

世代や国を超えて物語が飛躍する後半部分は、エレーナがナレーターを務めています。

ここは自伝の朗読になっているのです。

アビーが卒論で示唆していた流れを考えると、エレーナのナレーションは「信頼できない語り手」だと考察することが出来ます。

もしそうだとしたら、彼女は家族の物語を脚色している可能性があるのではないでしょうか。

エレーナが語った物語は、どこまでが真実なのでしょうか…。

ロドリゴがディランに声をかけた理由

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互いに亡き母のことを思っていたとき、運命の出会いは訪れました。

ニューヨーク育ちのディランとオリーブ園育ちのロドリゴ…。

二人は会うべくして会ったのでしょうか。

バスの事故が起きた場所

二人が出会った場所はバスの事故が起きた場所です。

一見奇跡の出会いのように映りますが、出会いは決して奇跡的な物ではありません。

あの日、あの瞬間、すでに出会っていた

引用:ライフ・イットセルフ 未来に続く物語/配給会社:アマゾン・スタジオズ

ディランとロドリゴにとって特別な場所が一緒だった、といえます。

バスが事故を起こした日、すでに二人は交差していたのです。

ディランを心配し、声をかけることが出来たのは、ロドリゴに心の余裕が出来たからではないでしょうか。