フェデリカはこの時ラモンと肉体関係を持ち演技の勉強を推奨します。

カルリートスは唯一の味方にして相棒のラモンを奪われた気がしたのでしょう。

テレビ業界に出たら完全に繋がりが断ち切られてしまうと感じていました。

ここからカルリートスの内面にある独占欲の強さが窺えます。

ミゲルへの嫉妬

2つ目に前述のバーナーで顔を焼き尽くしたミゲルへの嫉妬もありました。

留置所で保釈金を受け取るのみならず、更にパリへの脱走計画まで考えていたのです。

もっとも、これに関しては自業自得の部分も多少なりともあるでしょう。

というのも、ラモンが逮捕され警察に凄まれた時カルリートスは彼を見捨てて逃げています。

独占欲が強いにも関わらず必要なしだと判断したら即座に損切りしてしまうのです。

これではラモンとしても気まぐれすぎて信用したくはないでしょう。

殺人罪に当たらない

岡田斗司夫ゼミ#259「AI時代の経済と正義〜無人コンビニや自動運転、AIに殺人罪は問えるのか?」

そして3つ目に事故死という形であればギリギリの所で殺人罪には当たらないからです。

1971年当時はまだ道路交通法の規制や罰則もまだそこまで厳しくはない時代でした。

また、ラモンには恩義もあるから露骨な殺人という形にはしたくなかったのでしょう。

事故死であれば過失致死傷罪にはなっても殺人ということにはなりません。

またカルリートスも大怪我を覚悟の上ですから心中しようとしたのではないでしょうか。

いずれにしても天才の考えることはいつも突拍子がない恐ろしいものだと窺えます。

いい子ほど犯罪者になりやすい

いい子に育てると犯罪者になります(新潮新書)

「黒い天使」と呼ばれたカルリートスは犯した罪こそ重いものの、決してサイコパスではありません。

彼はあくまでもごく普通の家庭に育ったごく普通の「いい子」でありました。

しかし、カルリートスはいい子だったからこそ世を混乱に陥れる大犯罪者となってしまったのです。

彼は恐らく「普通」「常識」「みんな」といった群集心理が嫌いだったのでしょう。

でもそれを上手く世に訴える方法を知らなかったから犯罪という形でしか訴えることが出来ませんでした。

犯罪者と呼ばれる人間は必ずそのようになってしまうだけの動機が必ず家庭なり社会なりにあるのです。

カルリートスも正に家庭環境や社会の仕組み故に犯罪者となったのではないでしょうか。

どんな時代にも犯罪者は生まれる

犯罪者【上下 合本版】 (角川文庫)

カルリートスの生き様はある意味で1970年代という時代が生み出した負の遺産かもしれません。

この時代に入ると戦後社会の歪みがアルゼンチンを問わずあちこちの国で目立つようになりました。

勿論彼の重ねてきた犯罪行為は決して許されることではありませんし、現在も服役中です。

しかし、犯罪とは無縁そうな家庭と学校で育ったはずの少年ですら1歩間違えたら犯罪者になります。

本作はカルリートスという大罪人を通して社会と犯罪のあり方を改めて問う傑作となりました。