ここで秀逸なのは安易に「復讐が悪い」というレトリックを用いていないこと。

被害者感情から生じる復讐心は誰しもが生じるものですが、大事なのはその方法でしょう。

あくまでも真っ向勝負で戦った末に勝利を収めたかったことが窺えます。

勝利を得た先にあるもの

そして何よりも、シーザー達猿は人類と違って目指していた新天地がありました。

本作の猿と人間の決定的な違いは「勝利を得た先にあるもの」があるかどうかです。

大佐をはじめ残された人間側はウイルスに侵されたこともあり、先を見ていません。

一方で猿たちはこれからどうしようかということを真剣に考えていました。

つまり銃を置くことは実質人類との争いをやめ、未来に向かうことを意味するのです。

復讐心を昇華(消化)して、新しい未来へ羽ばたくことを意味していたのではないでしょうか。

傷を隠した理由

傷物語〈Ⅰ鉄血篇〉

シーザーは深手の傷を覆いながらも、ラストでモーリス以外の誰にも気付かれず息を引き取りました。

どうして彼はそこまでして傷を覆い隠していたのでしょうか?

父としての威厳

父の威厳 数学者の意地 (新潮文庫)

まず1つ目に、シーザーは息子に対して、父としての威厳を保ちたかったのです。

俺がいてもいなくても息子はいずれ分かる。子どもの父が誰かを、そしてシーザーがエイプのために何をしたかを

引用:猿の惑星: 聖戦記/配給会社:20世紀フォックス映画

格好つけといえば格好つけかもしれませんが、シーザーは最期まで父の威厳を貫きました。

ある意味昔気質の完璧超人タイプですが、そんな人が死ぬ所を見せたくないのでしょう。

唯一傍で支えてくれたモーリスさえ知っていてくれれば、シーザーはそれで良かったのです。

死に際までリーダー格のイメージをしっかり保ちきったヒーローの中のヒーローでした。

恨みを遺さない

2つ目に、同じように人間への復讐といった恨みを遺したくなかったのです。

最終的に猿が人類に勝利して新天地に至ったとはいえ、それはあくまでも結果論でした。

下手すれば人類ごと滅びる可能性もあり、復讐を拗らせて延々と闘争の日々が続くかもしれません。

そのような憂いを断つために、壮絶な戦いの代償を深手の傷という形で背負ったのでしょう。

せっかく前向きにお祝いしたいのですから、少しでも暗い要素はなくしたい筈です。

それは自己犠牲とはまた別のシーザーなりの戦いだったのではないでしょうか。

受け手との一体化

3つ目に、演出意図として実はシーザーと受け手の感情を一体化させる為です。

実はラストシーンにおいて、シーザーはモーリス以外誰とも同じフレームに居ません。

これはモーリスとの関係性の表現だけではなく、シーザーが主人公の座から降りた証です。

ここでシーザーは「従属からの解放」を果たし、物語から外れた自由な存在になっています。

つまり物語から外れた俯瞰の視点で遺された猿たちの幸福を喜んでいるのです。

正に本作が「映画」であることの証明を果たしたといえるのではないでしょうか。

大佐が上官とも戦っていた理由

不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか (講談社現代新書)

最終的に自殺を遂げた大佐ですが、彼はとにかく徹底抗戦の道を選びました。

そんな彼が味方である筈の上官とも戦ったのは何故でしょうか?

楽観論への苛立ち

まず1つ目に、大佐は上官たち軍の上層部の楽観論への苛立ちがあったのではないでしょうか。

あろうことか、上官たち軍の上層部は医学でウイルスが治せるなどと悠長に構えていたのです。

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