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【チャーリーとチョコレート工場】ウォンカの言動に見える幼児性の意味を考察!チャーリーとの出会いで彼の心はどう変化した?

出典元:https://www.amazon.co.jp/dp/B00FIWNXL8/cinema-notes-22

ティムバートン監督とジョニー・デップの最強コンビによる映画「チャーリーとチョコレート工場」は独特の世界観が癖になる名作です。

ウォンカの異質な幼児性が特に目を引きますが、シュールな描写の中に深い意味が秘められています。

チャーリーとウォンカの人間性にフォーカスを当てながら作品を考察していくと、道化師のようなウォンカの真の姿が見えてきます。

ウォンカの人間性

★直筆サイン◆チャーリーとチョコレート工場◆CHARLIE AND THE CHOCOLATE FACTORY (2005) ★ジョニー デップ as ウィリー ウォンカ ★Johnny Depp as Willy Wonka

ジョニー・デップ演じるウォンカは、不思議な雰囲気を身にまとい近寄りがたい人物像に描かれています。

まるで道化師のように心がつかみにくいウォンカですが、まずは彼の人間性を深く考察してみます。

天才肌の魔術師

ウォンカは事業を成功させた工場のオーナーであり、天才ショコラティエやチョコの魔術師とも呼ばれています。

言動には幼児性が残っていますが、天才肌の実業家であることは確かです。

独身で子供がいないので自分の後継者をゴールデンチケットを当てた子供から選出するのも、常人にはなかなか出来ないことです。

家族の概念が欠如している

歯科医師の子供として育ったウォンカは家出という過去を持ち、家族で一緒に過ごすという時間を経験していません。

その為、親という発音も出来ず家族の概念が欠如している人間です。

劇中では語られていませんが、どうやらウォンカには母親もいないようです。家族の愛情を知らないまま育ってしまったのですね。

人付き合いが苦手

チャーリーとチョコレート工場 Johnny Depp直筆サイン入りトレカ

ウォンカは家を出て人との繋がりを切って工場で暮らしています。人付き合いは苦手です。

ウォンカの人付き合いの苦手な面を劇中では、上手く表現していました。

ギャグが滑ってしまったり、行動が少々空回り気味なのも、人付き合いの苦手な面が出ている名場面です。

愛情を感じずに育った子供は、人を信じることが出来ず自分に自信を持てないという研究結果も出ているようです。

ウォンカはまさに、現代の子供の問題点を体現しています。

親子で招待したのは人間性を観る為

親の存在に問題を抱えていたはずのウォンカですが、工場見学は子供だけでなく親も一緒に招待しています。

その意図は?

おそらく自分にとって疎遠である親という存在を見たいという思いと共に、親子関係を見れば子供の人間性が分ると思ったのでしょう。

幼児性の残るウォンカがそこまで考えたのかと疑問の声も上がりそうですが、彼は天才起業家であり、天才実業家でもあるのです。工場の未来を託す人材選びにも天才的な考慮があるはずです。

ウォンカの幼児性

映画 チャーリーとチョコレート工場 「ゴールデン チケット」 ウィリー ウォンカ/ジョニー デップ

ウォンカを語る上で彼の幼児性を無視するわけにはいきません。劇中には彼の幼児性を示すシーンが多くちりばめられています。

ゴールドチケットを入れた理由

ゴールドチケットをチョコに忍ばせて、工場へ招待するという方法はとても夢のあることです。

ウォンカは子供の部分が多く残っており、自分が楽しいと思うこと=子供が喜ぶことに直結しています。

はたから見ればチケット欲しさにいくつものチョコを買うので、売り上げの向上になる為だろうと思えますが、ウォンカはそれだけじゃない純粋なワクワク感を求めています。

他人に無関心

ウォンカの幼児性は他人への無関心さにもあります。

子供達が危機に瀕しても冷酷にあしらうシーンが滑稽に描かれていますが、ウォンカは冷たい人間という訳ではありません。

自分の幼児性が強いために、気に入らない子供、ルールを守ってくれない子供は嫌いなのです。

嫌いという気持ちも子供のようにストレートに表現してしまいます。

父の過剰な仕事病がウォンカを育てた

家出の原因を作ったウォンカの父は、子供の楽しみを踏みにじるような歯科医です。

父親ウィルバー・ウォンカに悪気はなく、むしろ子供を思っての行動でしたが少々行き過ぎていたのですね。

子供時代のウォンカに父の偏った愛情が届くはずもなく、愛を知らない大人に育ってしまったのです。

トラウマが原因?大人になりきれてないウォンカ

ウォンカに幼児性が残っているのは、子供の時に家出をして一部の成長が止まってしまったせいです。

引きこもり同然で工場で暮らしていれば、大人への成長に必要な刺激を得ることは難しいでしょう。

ましてウォンカには母親がおらず、愛情の欠落感というトラウマもプラスされています。この母親不在という設定が彼の幼児性を強くした要因であるともいえます。

人は母親との距離をバランスよくとっていく過程で、自我を確立していくといわれているからです。

工場内がまるで夢の国

子供の頃、家は彼にとって居ずらい場所でしかありませんでした。その反動もあるのかウォンカの工場はまるで遊園地のようです。

チョコレートの滝やお菓子の花々など、工場の中には不必要と思える作りです。

しかしウォンカはチャーリーに後継者を断られた際に、下記のように告げて

います。

落ち込んでいるから、チョコの味も落ちている

引用:チャーリーとチョコレート工場/配給会社:ワーナー・ブラザーズ

彼にとって幸せな気分でいることが、売り上げにとっても重要であるということです。夢の国のような工場内部も売り上げに直結する要素だったのです。

チャーリーは家族との繋がりを思い出させた

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大人になり切れていないウォンカですが、チャーリーとの出会いで大きく成長していきます。

チャーリーとウォンカは大人と子供

この映画の面白い所ですが、大人であるはずのウォンカの中身は子供で、子供であるはずのチャーリーの方が大人の部分を多く持っています。

ウォンカは自分の世界に閉じこもり、好きなことだけを行ってきました。一方チャーリーは極貧のなか、社会の波にもまれて過ごしています。

この二人の精神的な差こそが映画の見どころであり、滑稽さを引き立てる要素となっているのです。

チャーリーがなぜ断るか理解できなかった

チャーリーは家族と一緒に住めないからという理由で後継者を断りますが、ウォンカはその理由が理解出来なかったことでしょう。

ウォンカは「家族と会えない=嬉しいこと」と思っています。

極度な愛情不足の為、根本的な感情が他とは違うのです。その後の彼の苦悩は計り知れないものだったことでしょう。

単にチャーリーに断られたから落ち込んでいたのではなく、自分に理解出来ない世界と接触したことが大きなショックだったのかも知れません。

トラウマに向き合うことが出来た

チャーリーとチョコレート工場 ウィリー・ワンカ 18インチ トーキングフィギュア

ウォンカの幼児性は素直さとして彼の言動に現れます。

お菓子作りが出来なくなった原因に気づき、チャーリーの助けを借りてトラウマである父と向き合うことを決心します。

素直な子供の心を持っていたからこそショックを受け、そして自分よりも物事を理解しているチャーリーに助けを求めたのです。

まるで子供が大人に助けを求めるような構図です。

結果として父の愛を知り成長を遂げるウォンカは、幼児性という特殊な部分を愛によって少しづつ埋めていくのかも知れません。

お菓子には意味が必要ない

ウォンカスペシャルパッケージ(キャラメル味)140g

 

劇中で反抗的な少年マイクがウォンカに下記のような質問をしています。

この工場にあるものはすべて、まったく意味がない

引用:チャーリーとチョコレート工場/配給会社:ワーナー・ブラザーズ

確かに生産性だけをみたら、ちょっと無意味なものが多いような気もします。さらにマイクはお菓子嫌いなので、お菓子そのものの価値を否定しています。
お菓子に意味なんて必要ないよ。だからお菓子なんだよ
引用:チャーリーとチョコレート工場/配給会社:ワーナー・ブラザーズ
上記のウォンカの答えこそが、映画の神髄のような気もします。
全てのものに意味がある訳ではない、意味(理由)なく存在しているものこそ大切である。
ウォンカにとって、自分の心を支える親の代役であり友の代役であるお菓子に存在理由などはないのです。
家族や友人とは、必要理由があるから一緒に過ごしているわけではありません。

家族愛がテーマの異色な世界観が魅力

DA

ティム・バートン監督とジョニー・デップのコンビは幾度もタッグを組み、名作を生み出しています。

本作品も家族愛を最終テーマに掲げながら、異色なタッチでシュールに社会を風刺しつつコミカルに映画を仕上げています。

時代設定がカオスなのもいい味を生み出している

「チャーリーとチョコレート工場」で注目してほしいひとつが、時代設定です。

舞台はイギリスになっていますが、街の雰囲気を見ると産業革命時代のような香りもします。

しかし工場中ではオート化され輸入車に詰め込まれていますし、子供たちに現代を感じさせる要素が見え隠れしています。

時代設定を明確にしていないのです。

このカオス的な時代設定も映画の魅力といえそうです。どこにでもありそうでどこにもない場所なのでしょうか。

ウォンカの幼児性にこそメッセージが隠れている

チャーリーとチョコレート工場 オリジナル・サウンドトラック

劇中には、様々な箇所に親という存在が見えかくれします。

劇中でも大人の影響を受ける間違った思考の子供が描かれていますが、子供が悪いのではなく親に影響を受けるのだと語っています。

「チャーリーとチョコレート工場」は家族愛という大きなテーマの裏に、親の責任を問うメッセージが隠された奥の深い映画です。