現代のアメリカ経済を支えている多くのスタートアップ・ベンチャーにはアントンのような限界に挑戦する天才の存在が欠かせませんでした。
千分の何秒かを縮めることに成功する度に彼が示す喜びの雄叫びは戦闘に勝利した勇者のようです。
本当の意味でヴィンセントには決してアントンは理解できず、アントンにもヴィンセントの執念はわからなかったに違いありません。
でも、それだからこそ二人は絶妙なでこぼこコンビだったともいえます。異種の刺激し合う集団こそイノベーションの源泉なのです。
レモン農家とアントンのジレンマ
店の女性との会話でアントンは自分たちのしていることが社会のために役立っているのか疑問を持ち始めます。
幾ら株取引で利益を生んでもそれが実体経済の象徴であるレモン農家のためになっていないことに気づかされるのです。
ヴィンセントがアーミッシュに人生の意味を気づかされたようにアントンもまた名もないウェイトレスに忘れていた大事なことに気づかされます。
果てなき夢
アントンは常にブレークスルーにチャレンジし続ける天才です。彼は元上司の脅迫にも屈することなく0.001秒の壁に挑戦し続けます。
結局は別のアプローチによる通信時間短縮技術の前にアントンたちは敗れるのですが、彼は既に別の夢を見始めていました。
もちろん彼にとって技術的な勝負に勝つことも重要なのですが、もっと重要なのは常に新しいブレークスルーにチャレンジし続けることなのです。
それがニュートリノ通信などというほとんど夢のようなものであったとしても。
0.016秒の人生
ヴィンセントは自分の死を前にして、もし人生の長さがたった0.016秒しかないならそれをどのように感じるのか考えます。
そして彼は人生は決して生きた長さではないことに気づき、早さや経済的成功にこだわってきた自分の人生に見切りをつけるのです。
一瞬の中に永遠を見いだすのは普通の日常を生きている人には容易ではありませんが、ある意味人生の真実を表してもいます。
イノベーションの宿命
技術革新は次の技術革新に敗れる運命を背負っています。それでも人はイノベーションにチャレンジし続けるのです。
非常な困難を超えて成し遂げられたイノベーションが一瞬で別のイノベーションに抜き去られる現実が存在します。
当事者にとっては残酷な現実ですが、客観的に見ればそのようにして人類は成長してきたともいえます。
【ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち】は人生の意味を問う物語
この物語の勝者は誰だったのでしょうか。ヴィンセントたちを出し抜いた女性CEOが本当の勝者とはいえないかも知れません。
冷静に考えてみれば、彼女たちの勝利も決して安泰とはいえないことがわかります。一時の勝利に過ぎないのです。
また新たな0.01秒にチャレンジする者が現れ、死に物狂いの戦が繰り返されることでしょう。
この物語の本当の勝者は人生の本当の意味に気づいたヴィンセントと新たなブレークスルーの夢を見つけたアントンなのかも知れません。