乙坂は一夏の旅で思い出の地を訪れ、未咲に関わる人たちと交流します。
そしてそれらをいかにもアナログチックなカメラに収めていきました。
彼が写真を撮った意味は何だったのでしょうか。単なる記録のためだけではなかったようです。
傘を差した二人
乙坂が偶然出会った颯香と鮎美と交流を持ち、別れ際に傘をさして並んで立つ二人を写真に収めたのはどのような意図だったのでしょうか。
彼は二人に乙坂とともに青春時代を生きた裕里と未咲を見たのです。
彼は二人を写真に撮ることによって、ある意味過去を固定したといえます。
いつまでも過去にこだわり続けていては人は前に歩むことは出来ません。
乙坂が未来に歩み出すためには過去に一定の区切りをつける必要がありました。
二人を写真に収めることは彼にとって過去を固定し、区切りをつける象徴的な意味があったのではないでしょうか。
裕里にアルバムを渡した意図
裕里に一夏の間に撮った写真アルバムを渡したのは彼の決意表明でした。
これで過去に区切りをつけて未来に歩き出すのだという意思表明です。
アルバムを渡す相手としては、同窓会に未咲として出席することによって乙坂を過去への旅に誘った裕里しかいませんでした。
乙坂のサインの意味
作家がサインをするという行為は自分が小説家であり続けるという意思表明でもあります。
裕里が最後に乙坂にサインを求めたのも、小説家としての彼へのエールだったのではないでしょうか。
彼は高校生の頃未咲から「小説家になれる」と言われたことが切っ掛けで小説を書き始めました。
小説家であり続けることは未咲への思いを抱き続けることでもあったのです。
阿籐という男
未咲はなぜ付き合っていた乙坂を捨てて阿藤に走ったのでしょうか。
若気の至りといえばそれまでですが、彼女はその時点で自分を突き動かす衝動に正直だったのです。
阿藤には乙坂にはない未咲を引きつける何物かが見えたのでしょう。
多くの女性は退屈な真面目男より、少し危険な香りのする秘密っぽい男にひかれるものです。阿藤にはそれがありました。
それは恐らく幻だったのでしょう。幻は消え去るのです。幻が未来を創ることはありません。
でもそれをその時の未咲に理解しろというのは酷というものです。彼女はその時自分の意思で自分の未来を選択しました。
格調高く生きる意味を問う【ラストレター】
裕里が図書館に勤務しているのは小説家になった乙坂の影響があるのかもしれません。
裕里と未咲の娘である颯香と鮎美もまた将来何らかの形で文学的な職業に関わるのではないでしょうか。
この物語は、人の死が残された関係者に未来に向けて生きる切っ掛けを与える可能性を追求した意欲的な作品です。