二人は乙坂の未咲への変わらない恋心を知り、人が人を思い続けることの凄さと尊さに直面するのです。
これが切っ掛けとなってやっと二人も未来へ歩み始めることになりました。
手紙によるコミュニケーション
この物語ではアナログの象徴的存在である手紙が重要な役割を果たします。
手紙には時間を固定する側面があります。電子メールやSNSのように即座に消化されず、一種の化石のようにその時の思いが固定されるのです。
また手紙のやりとりでは時間がゆったりと流れます。言葉や思いを噛みしめるだけの余裕が生まれるのではないでしょうか。
未咲が乙坂の手紙を保管していたわけ
未咲はなぜ乙坂のラブレターを宝物のように保管していたのでしょうか。
未咲にとって乙坂は別の人生を運んできてくれるかも知れない存在でした。
乙坂からの手紙は阿藤に滅茶苦茶にされた彼女の人生を、輝いていた青春時代につないでくれる一筋の希望だったのです。
もちろん未咲は乙坂が実際に自分を迎えに来てくれるとは信じてなかったことでしょう。
でも希望さえあれば人は生きられるのではないでしょうか。
未咲は最終的には精神を病んで自殺してしまいましたが、ここまで彼女を生かしたのは乙坂の手紙だったのです。
彼女はそれを見る度あの時代に思いをはせていたことでしょう。
現在と過去をつなぐ手紙
未咲の二人の子供にあてた遺書は彼女が卒業式で呼んだ答辞の原稿でした。
これは過去の未咲が未来の自分に書いたラストレターでもありました。
そしてこのラストレターがタイムマシンのように過去と未来をつないでいるのです。
未咲はこのラストレターを二人に託すことによって自分の人生を振り返り、これを添削してくれた乙坂に思いをはせたことでしょう。
未咲の思いはきっと鮎美たちにも届いたはずです。
未咲は高校時代これを答辞で読んだ母が現実に存在したことを子供たちに知って欲しかったのでしょう。
昭子と恩師
昭子と英語教師だった恩師の関係は詳しく語られていません。
しかしながら彼の家に昭子の口紅が置かれていたことが多くを物語っているようです。
現在昭子と恩師をつなぐものは英文の手紙の添削でした。
二人はこの手紙で互いに直接思いを伝え合うことはありません。毒にも薬にもならないたわいもないことが綴られているだけです。
でもこの英文添削のやりとりこそが、かつて英語教師に淡い思いを抱いていた昭子と今の彼女をつなぐ魔法のリングだったのではないでしょうか。
手紙にはその内容以上に、それをやりとりすること自体に大きな意味があるといえます。
そしてここで行われている添削という行為にも大人の知恵があるのかもしれません。
この事務的なやりとりこそが関係を長く続かせるポイントなのです。