注目キーワード
  1. 映画
  2. シネマ
  3. 洋画
  4. 邦画

【天使にラブソングを】アレンジ版の聖歌にこだわったデロリスの心境を徹底解説!彼女を引き取った司教の言葉は正しかったのか

出典元:https://www.amazon.co.jp/dp/B000BKDRB8/cinema-notes-22

1992年に大ヒットした「天使にラブソングを」はその後、定番ミュージカルとして世界中で繰り返し上演されています。

なぜこれほどまでに観るものはデロリスに惹かれるのでしょう。彼女がアレンジ版の聖歌にこだわった理由とは一体何なのでしょう。

教会とは真逆の世界にいたデロリスを快く引き受けたオハラ司教は正しかったのか、じっくりと考察していきましょう。

邦題が大きく変わった映画

Sister Act

今や国内では「天使にラブソングを」という邦題が浸透していますが、原題は 「Sister Act」です。

修道女を演じるといった意味合いでしょうか。

またACTには演目という意味合いも含まれています。修道女の演目(ゴスペル)といった二重の意味もありそうです。

いずれにしても原題と邦題が大きく違う映画です、受け取るイメージも変わってきます。

しかし、教会に馴染みの少ない日本人にとっては邦題の「天使にラブソングを」の方がより身近に感じるのではないでしょうか。

聞くものを元気づけるのは楽しい歌

Oh Happy Day

「天使にラブソングを」は何といっても元気になれる歌がメインとなっています。

劇中でのいきいきとした歌はデロリスの明るい性格を反映したものでした。

教会のイメージを覆した

デロリスが来るまでは地味でお堅いイメージが強く、人もあまり訪れないような教会でした。

これは映画の中に留まらず、世界中どこにでもあり得る教会のイメージです。

しかしデロリスが歌の指導を始めてからのシスターたちは、日増しに輝きを増します。

修道院という限られた空間の話が、どんどん広がりを持っていく展開にも魅了されて行くのではないでしょうか。

デロリスが先頭に立って創り上げた楽しい聖歌は、凝り固まった教会というイメージを払拭し、観るものの気持ちもHAPPYにしてくれます。

普段教会に興味のない人も来るようになった

「天使にラブソングを」の歌を聞くと不思議と元気が湧いてきます。まるで背中を押し上げられていくかのような感覚です。

それは劇中に登場する街の人達でも表現されており、教会に見向きもしなかったような人々が「歌」を聞きに教会へ集まってきます。

それは形式的に歌われていた歌が、シスターたちの喜びや興奮、幸せのこもった歌に変わったためです。

デロリスは歌とは何かを教えてくれる

そもそも聖歌とは、人々へのキリスト存在証のような役割を果たし、当然のことながら民衆受けを狙ったものではありません。

しかしデロリスは教会にも人気が必要であると考えています。

人々に受ける歌は楽しい歌であり、楽しいと思えるから足を運ぶのだという考え方です。

歌とは歌う人の心次第で良くも悪くもなるということを、デロリスは教えてくれています。

楽しい歌にアレンジしたといっても、神への賛歌をないがしろにはしていません。

ハチャメチャなデロリスですが、確かな芯をもって聖歌をアレンジしています。

このことが映画を程よく締め上げ共感を生んでいるのです。

ギリギリのユーモアを楽しめる

トミーテック ジオコレ 建物コレクション 050-3 教会A3 ジオラマ用品

実はキリスト教徒の多い国の方が、より映画の面白さを味わうことが出来ます。

その理由を少し見ていきましょう。

カトリック教のシスターはゴスペルを歌わない

程よい自由感のあるプロテスタントとは違い、劇中に出てくるようなカトリック教は、伝統を重んじるお堅い部分があります。

だからこそ、劇中のシスターたちがソウル感あふれる聖歌を歌うのは大きく型破りであり面白いポイントでもあります。

ヘリコプターを借りるのに祈りをささげる

シスター達は、グロリアの救出の際にヘリコプターに乗ることを拒否されパイロットに祈りを捧げます。

しかしこの祈り、いわば脅迫でした。

「薄情ゆえに地上へ落とされませんように」「髪がなくなりませんように」「たとえ救えなくても主を責めたりはいたしません」

引用元:天使にラブソングを/配給会社:タッチストーン

ありえないシスターたちのこの脅迫シーンも笑いを誘います。

「MY GUY」の替え歌

劇中では「MY GUY 」を「MY GOD」と替え歌っています。

実はこの元の歌詞は結構積極的な歌詞で、絶対に別れない、彼は自分の理想の人で絶対に裏切ったりしないという熱烈な歌なのです。

この「彼」を「神様」に置き換えて歌っているので、その有様は神様にべたぼれしている修道女なのです。

ストーカーととれるほどの熱い歌詞を明るいテンションで歌い上げられたら、アッパレという感じでしょうか。

デロリスは「自分を捨てないこと」を大切にした

SISTER ACT/SISTER ACT 2-BACK IN THE HABIT

デロリスの明るく陽気な姿は観ているだけで、元気をもらえます。

劇中のデロリスから自分の生き方を考えさせられる人も、いるのではないでしょうか。

異なる世界へ飛び込んだ時の在り様

デロリスは口も悪く態度も悪い、マフィアに繋がる何でもありな世界に生きています。

おまけに信仰嫌いな一面も併せ持っています。

そんな彼女は閉鎖的で、絶対神信仰、そして全員白人という全く逆の別世界へ飛びこんだのです。

通常、委縮してしまうシチュエーションですがデロリスは全く自分らしさを失いませんでした。

それどころか周りを自分の世界へ引き込んでいきます。この強さこそデロリスの魅力なのです。

シスターたちの本質を見抜いた

世間にもまれて生きてきたデロリスは、シスターたちの内なる声にも敏感に気付いています。

そうしてシスターたちが心の奥へとしまい込んだ「自分らしさ」を引き出していくのです。

聖歌のアレンジは、シスターたちが自分らしさを表現するのに必須のものだったのです。

自分の居場所をつくるために周りを変える

自分の居場所が窮屈に感じたら、自分をしまい込み我慢するのではなく、自然体のままで自ら居場所を切り開いていくという姿勢も必要です。

デロリスは堅苦しい教会の雰囲気を変えていくことで、違和感を感じていた教会という場所を自分にとって快適な場所に変えています。

相容れない世界にも共通点はある

デロリスは突然自分の世界とは全く逆の世界に飛び込みます。

そこで、シスター・ロバートの悩みの告白によって、シスター達との共通点を見出していきます。

同じ人間としての悩みや、コンプレックスなど生きている世界は違えども共通点は多大にあるということを学びます。

魅力的な司教の存在

Prayers to Jesus

劇中に登場するオハラ司教は、柔軟な考え方の出来る人物で影ながらデロリスを応援するひとりです。

司教の柔軟さがデロリスを救った

オハラ司教はカトリック教の保守性にこだわらず、温和で懐の深い人物として描かれており柔軟な考え方が出来た人物です。

人の本質を見抜く力があったからこそ周りが反対する中、デロリスを修道院へ推薦したのでしょう。

結果、デロリスだけでなく教会全体を助けることが出来たのです。

神父と司教

劇中でオハラ司教は人の減った教会を嘆いていますが、実はその背景には司教としての立場があります。

通常神父と呼ばれている人は、教会を回り宣教活動などを行ないます。

そして司教は自分の担当する地域、全教会の責任者となります。

だからオハラ司教は修道院から人の足が遠のいているのを嘆いていたのです。

ゴスペルのようで完全なゴスペルではない

舞台パンフレット シスター・アクト 天使にラブソングを 2014年帝国劇場 瀬奈じゅん 森公美子 石井一孝 大澄賢也

劇中で聖歌隊が歌う歌は正確にはゴスペルではありません。

ゴスペルのようなアレンジ曲

まずゴスペルとは福音(キリストの教え)の為に存在する讃美歌が黒人文化のスピリチュアルな影響を受けて出来上がったものです。

ブラックゴスペルと呼ばれることもあり、黒人の歴史にそって自由を求める歌詞が多いのが特徴となっています。

一方サザンゴスペルはアメリカ南部の白人たちが生み出したカントリーやロック系のゴスペルです。

日本人にはなかなか区別しにくい所ですが、劇中の歌はあくまでもゴスペル調の替え歌ということになります。

まるで「天使にラブソングを」

Nuns Having Fun

上記のカレンダーはその名も「Nuns Having Fun(修道女のお楽しみ)」という物です。

こちらは修道女たちが羽目を外し。笑顔で人生を楽しんでいる姿がカレンダーとして発売されています。

大人気のカレンダーとなっており、映画同様に堅いイメージの修道女がはっちゃけるという二面性が受けています。

このカレンダーには「笑いは神聖なものである」という考えが反映されています。

観るだけじゃもったいない一緒に楽しめる映画

天使にラブ・ソングを・・・ 映画パンフレット

「天使にラブソングを」は何度観ても、HAPPYな気持ちになれます。

今や世界的なミュージカルとしても親しまれており、劇場にはシスターに変装してくる人もいるのだとか。

観るだけの映画ではなく、一緒に楽しむことが出来る映画なのです。

監督は修道女全てが主人公だと語っているので、修道女ひとりひとりの立場から映画を考察していくのも楽しいですね。