プロパガンダを目的に作られた制作物は、政府の要請で作られるので、厳しい検閲と制約があります。
ただし『カサブランカ』はそのような目的で制作されたという事実はありません。
しかし、この映画が戦争の高揚に寄与したのは確かですし、いくつかのメディアはこの映画をプロパガンダだとみなしていました。
芸術の力
以上のような背景から、『カサブランカ』は第二次世界大戦と切っても切れない映画といえます。
第二次世界大戦の時代は全世界が戦争に巻き込まれ、大きな混乱のなかで人々は生きていました。
そんな状況のなかで、このような美しく味わい深い作品が生まれたのです。
戦争という混沌の渦に飲み込まれるなかで、クリエイターに何ができるのか……。
芸術の底力をわたしたちに示してくれた、意義深い作品です。
大人のにがみ
また、たとえ戦争下になくても、わたしたちは他人や社会のために、自分の幸福を諦めなければならない時があります。
自分の願望を諦めて仕事や家族に尽くす人。愛する人から捨てられた記憶を消せない人。仕事のために愛する人を遠ざける人。
さまざまな痛みを人は抱えて生きています。
そういう誰もが体験する「喪失」と「諦め」の悲しみに寄り添ってくれるのが『カサブランカ』です。
映画の根源
また、そういう痛みがぴんとこない人にとっても、この映画は特別なものです。
ある時代の映画は、とくに白黒映画において顕著なのですが、メインとなる男優と女優のためにしばしば映画が制作されました。
人々は銀幕のなかのスターに心から陶酔し、その美しさは記憶に焼き付けられました。
この映画においても、イングリッド・バーグマンの美しさには目を見張るものがあります。
イルザの役柄の言動だけ抽出して冷静に観てみると、イルザはなかなかひどい女です。
リックに何も言わずに消え、イルザを愛するリックに夫のために通行証を渡してくれと頼み……。
かと思えばリックを愛していると言って夫を捨てようとして、自分では決められないのでリックが決めてくれと頼んでいます。
こうして書くと自意識の欠如した優柔不断な女性に思えてしまうのですが、映画を観ているときはそんなことは思いませんでしたよね?
美の力
映画を観ているあいだは、ただただ彼女の美しさに圧倒され、彼女のために二人の男が人生を捧げようとすることに納得してしまうのです。
圧倒的な美は、理屈や道徳を黙らせてしまうことが時々あります。
美しさとは刹那的なものです。花は枯れ日は沈み少女は老いていきます。
けれど、その美しさの極致をとらえて永遠に残すものが、芸術なのです。
『カサブランカ』は美しさを銀幕のなかに永遠に閉じ込めた芸術品であるがゆえに、こんにちまで愛され続けているのです。
念のため付け加えておきますが、イルザがフラフラと意思が定まらないようにみえるのは、制作の都合によるものです。
映画制作がはじまる時点で脚本ができあがっておらず、行き当たりばったりで撮影しており、俳優たちも戸惑いながら撮影を進めていました。
イングリッド・バーグマンでさえイルザがどちらと結ばれるのかわからないまま演技をすすめていたのです。
だから観ている観客にも最後まで結末がわからなかったのでしょうね。
そしてあの結末で、リックは孤独でハードボイルドな男として完全な存在となり、イルザは永遠に手に入れることのできない夢の女になりました。
つまりこれ以上ない最高の結末だったということです。
まとめ
あなたが何歳であろうと、『カサブランカ』には心に沁みる情緒がたくさんあります。
20代に観たら切ないラブロマンスで、30代で観たらハードボイルド映画、40代で観たら戦争映画と感じるかもしれません。