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本作『キャビン』を観た人の多くは、いろんなホラー映画をパロディにしただけのB級ホラー映画だと思ったのではないでしょうか。
あるいは、いくつもの伏線が回収されず謎の闇組織も幼稚な設定だったことから、ただのおバカ映画のように感じたのかもしれません。
一方で、映画批評サイト「Rotten Tomatoes」の支持率は90パーセントを超えています。
世界一辛口で有名なトマトのレビュアーたちが、ただのおバカ映画を賞賛するはずはありません。
『キャビン』は一見おバカなホラー映画でありながら、その奥に隠された構造を秘めているのです。
ここからは、その1つ1つの意味を私なりに解釈してゆきます。
映画の基礎となるメタファー
本作はホラー・ミステリーですが設定が弱いため、多くの鑑賞者は最後に不満を覚えるでしょう。
しかし、この映画は根本的にパターン・パロディ・メタファーといった抽象概念によって成り立っています。序盤にある代表的なものを解釈してゆきましょう。
大気中のバリアの意味
抽象概念で成り立つ『キャビン』は、「さぁ楽しませてくれ」と受け身で観ているだけではほとんど何も与えてくれません。
自ら1つ1つのシーンに隠れた意味を見出そうとしなければ楽しめない映画になっているのです。
例えば、作中には大気中に見えないバリアが張り巡らされています。
大学生5人組がバケーションのために森の奥に入った際、大空を舞う鳥がそのバリアにぶつかって落下します。
何なのか最後まで明かされないので、多くの鑑賞者は不満に思うでしょう。しかしそのバリアは設定ではなくメタファーなのです。
その後、5人組の1人・カートが森から脱出しようとバイクで飛びますが、そのバリアにぶつかって死にます。そこで大体の意味がつかめます。
カートは体育会系の男であり、ほとんどのホラー映画では必ずといっていいほど生き残れないキャラなのです。
つまり、そのバリアは「ホラー映画の壁」と読み取ることができます。
先に鳥がバリアにぶつかったのは、映画全体がホラー映画パロディの仮想世界であることを示しているといえます。
映画のキャラと鑑賞者の関係性を映すマジックミラー
大学生5人組が森の中のキャビン・山小屋に入ってまもなくマジックミラーが見つかります。
ホールデンが部屋の古い絵をどけると鏡があり、それを通して隣室にいるヒロインのデイナが見えます。
マジックミラーなのでホールデンはデイナを見れる一方、彼女は自分の姿しか見れません。
そこで彼女は服を脱ごうとしますが、誠実な彼は壁を叩いてそれを止めます。このマジックミラーも映画を包み込む1つのメタファーになっています。
大学生たちは闇組織によって典型的なホラー映画の世界に閉じ込められてモニタリングされています。
そのため一種の覗き見ができるミラーは、彼らを監視する謎の科学者たちだといえます。
森の奥でジュールズとカートが愛し合う場面では、大勢の科学者たちはモニター室でそろってそれをじっと見つめます。
そこで彼らはホラー映画の鑑賞者にも重なります。つまり、マジックミラーは映画の登場人物と鑑賞者の関係性でもあるのです。
展開としてのホラー映画パロディ
映画には深いメタファーがある一方で、典型的なパロディも数多くあります。展開としてのパロディを見てゆきましょう。
ヒロインの下着姿でレトロな気分に!?
清純なデイナ・淫乱なジュールズ・体育会系のカート・頭脳派のホールデン・間抜けなマーティ。
このように映画はメインキャラの役割分担からホラー映画の典型になっています。
また映画冒頭のデイナのパンティ姿は、80年代のアメリカ製ホラー作品を思い出させます。
当時のホラー映画では大勢の女の子たちが平然と下着姿で出てきたものです。このサービスショットで一気にレトロな気分にさせられます。