リサにNOを突きつけ「車だけでなく、お前には何もやらない」と釘を刺したのでした。
後年ボノの別荘に遊びにいった時、リサはハーバード大を卒業後、既に幾つかの仕事を渡り歩き、既に27歳になっていました。
普段彼に群がる業界誌やスキャンダル誌の記者ではなく、友人のボノが対話の中で率直に訊いたため、思わず本音が出たのでしょう。
リサも「初めて、この質問にYESと言ってもらえた、訊いてくれてありがとう。」とボノに、その場で感謝の意を伝えたそうです。
14年も娘に嘘をつき続けた理由とは?
リサの母クリスアンとの軋轢
リサ(パーラ・ヘイニー=ジャーディン)の母親は、クリスアン・ブレナン(キャサリン・ウォーターストン)でした。
彼女はスティーブ(マイケル・ファスベンダー)と5年もの間恋仲でした。
それぞれの理由から2人はインドに旅立ち自由奔放な日々を過ごしました。
スティーブはアップルを起業直後で、会社の経営を軌道に乗せることが毎日の最優先の課題になり、多忙な日々を過ごしていました。
最悪のタイミング
時は1984年のマッキントッシュの発表会当日の本番直前。
スティーブは「クリスアンは、インドの男性の28%と寝た。」と明らかに意図的に彼女を誹謗中傷するコメントを発表します。
リサを認知もせず、養育費も支払わない、と徹底的に認知拒否の姿勢を貫き、裁判も長期戦に入ろうとしていました。
実際は、当時まだ開発されたばかりだった遺伝子検査も実施され、約95%の一致という結果も出ていたのにかかわらずです。
話がなかなか進まず、業を煮やしたクリスアンは、発表会場にアポ無しで乗り込み、スティーブに異議申し立てをしたのです。
そんなタイミングで「子供が出来た」と宣告されては、誰でも自分自身に対する嫌がらせかと疑心暗鬼になるでしょう。
スカリーへの告白
84年の発表会直前、スティーブはペプシの事業担当次長のジョン・スカリー(ジェフ・ダニエルズ)をアップルの社長に就任させました。
2人は数年後には経営方針を巡って袂を分かつことになってしまうのですが…。
それから十数年が過ぎ、2人のわだかまりも解けた98年のiMacの発表会直前、スティーブとスカリーは対面しました。
彼はスカリーに、以下の2つの私的な秘話を打ち明けました。
- スティーブは養父母に育てられ、いつ手離されるか分からず常に不安な想いだったこと
- 若い頃の行きつけのレストランで実の父親に会ったこと(レストランの店主で、スカリーも彼をよく知っていた)
逆にリサを溺愛しそうなエピソードですが、実は更に深刻な事情があったのです。
リサとの不仲の真相とは?
84年の発表会の後、スティーブは和解交渉を受け入れます。クリスアンとリサのために、家を購入し、養育費も仕送りし始めました。
彼の怒りの矛先は何だったのでしょう?
クリスアンは養育費をもらっていたにもかかわらず、浪費が止められなかったのです。
彼女が2人のために購入した家を売ろうとするのをリサが止めなかったことに、スティーブは激怒していたのです。