エレベーターに乗っている間、時折ガラス窓の向こうに俊雄君の姿がチラチラ見える。通り過ぎた鏡の中にチラっと伽椰子が映る。
清水監督は日常的な恐怖へのこだわりがあります。こういう一瞬の見間違えのような恐怖体験なら多くの人にも身に覚えがあるはずです。
派手に見せる恐怖よりも共感に訴えるさりげない恐怖の方に震え上がった人は多いのではないでしょうか。
時空がゆがむ呪われた世界
映画の中にはさまざまな恐怖アイデアがありますが、最も特異なものは時空がゆがむ怪奇現象でしょう。
映画をループさせる父娘の共同幻視
元刑事の遠山は伽椰子の家を放火しようとした際に、室内で幻影を見ます。そこには女子高生たちがいて彼の娘・いづみもふくまれていました。
しかし当時いづみは小学生でした。その後、遠山は自殺し、娘のいづみは高校生になりました。
そして修学旅行中にお化け屋敷に入るような軽いのりで同級生たちとその家に入ります。いづみはそこで父である遠山の姿を見ます。
つまり、伽椰子の呪いから父娘2人は時間を越えて過去と未来のお互いの姿を幻視したということです。
呪われた者は過去も現在もない時空のゆがみに放り込まれるとも読めるこのアイデアは斬新かつ残酷です。
また映画のラストは理佳が伽椰子に呪われるシーンですが、時系列で見るとこのいづみの幻視が最後になります。
そのためこの父娘のループ幻視は映画全体を丸くグルリと収める効果も持っているといえるでしょう。
理佳はなぜ伽椰子になったのか
映画のクライマックスで福祉士の理佳が伽椰子に同化しました。一体それが何を意味するのかを読み解きましょう。
記憶まで奪った伽椰子の憑依
理佳は福祉施設のボランティアだった頃、佐伯家に送られて呪いにかかります。その後、彼女は無事に救い出され数年後に福祉士になります。
しかし伽椰子の巧みな罠で再びその家に行ったことで呪い殺されてしまいました。
そして理佳は死ぬ前に伽椰子が自分に同化していることに気づきます。
伽椰子がそれまで数多くの人にしてきた凶行の記憶が、理佳の中でフラッシュバックのように甦ります。
そしてその顔はすべて理佳の顔になっていました。
普通に見れば、伽椰子が理佳の頭の中にまで憑依したと思われます。しかしもう1つ別の見方もできるのです。
人の持つ恐怖対象への同化願望
伽椰子が理佳に同化したのは理佳がそれを望んだからだとも見れます。
深読みになりますが、恐怖対象への同化願望は矛盾しながらも自然な反応だともいえるものです。
例えば、お化けがすごく苦手なのに呪怨のようなホラー映画を観たりお化け屋敷に行きたがる人は数多くいます。
それはお化けに自ら近づくことでその恐怖を克服しようとする心理の表れでしょう。
ボクサーが試合中に抱き合うクリンチにも相手への恐怖を打ち消す効果があるといわれています。
どんな恐怖対象もそれと同化すれば一切の恐怖心は消えるものです。
理佳もまた最初に伽椰子の呪いにかかったとき、あまりの恐怖から同化を望んだのかもしれません。
つまりそれ以降の伽椰子は、本当に理佳自身だったとも取れるのです。
このように最後の理佳の不可思議なフラッシュバックは多くのことを物語ります。
『呪怨』がそれほど恐くない理由
『呪怨 劇場版』はJホラーの代表作でありながら非常に残念な点もあります。
あまりに恐がりすぎる登場人物たち
本作は名作ホラーゆえに多くの人は恐怖のハードルを上げて観るでしょう。それもあって「あまり恐くなかった」という人も多くいたはずです。