注目キーワード
  1. 映画
  2. シネマ
  3. 洋画
  4. 邦画

【ライアーライアー(ネタバレ)】「嘘をつけない」真意を徹底考察!息子の願いが魔法になった理由は?監督が描く愛の形に迫る!

出典元:https://https://www.amazon.co.jp/dp/B00006HBKE/cinema-notes-22

ジム・キャリーはかつて超絶的な顔芸を武器に、世界中を爆笑の渦に巻き込んだハリウッドの人気コメディアンでした。

1997年製作の本作『ライアーライアー』はそんなイケイケだった頃のジム・キャリーがその芸人魂を存分に発揮した映画です。

ゴールデン・グローブ賞のコメディ部門で主演男優賞を獲るなど、キャリーの演技は高く評価されました。

今回はそんな爆笑映画の魅力を掘り下げます。嘘をつけないというお笑い設定や少年マックスの誕生日の願いが現実になった理由や監督の描く愛

そういった点を幅広く解説してゆきます。

少年マックスの願いが魔法になった理由とは

Artemis Goddess Journal: For Lovers of Greek Mythology and Artemis Devotees

作中では誕生日ケーキの願い事が現実になります。しかしそもそもなぜそのような習慣が生まれたのでしょう。

誕生日ケーキのお願い事はいつから始まったのか

誕生日になぜ子どもが願い事を口にするのか?」などといえばNHKの某人気番組にもぴったりなトリビアです。

これは紀元前の古代ギリシャ時代にまで話がさかのぼります。

ギリシャ神話に出てくるアルテミスという女神の誕生日を祝うためにケーキを焼いたというのが起源なのだそうです。

アルテミスは月の女神だったため、暗闇でケーキにロウソクを立てることで月をイメージしたといいます。

願い事を口にするのは、ロウソクの煙が天界に通じていると思われていたからとのこと。

それがいつしかアメリカに伝わることで子どもが年の数だけロウソクを立て、それを吹き消すときにお願い事をするという習慣に変わりました。

ちなみに日本にその習慣が伝わったのは太平洋戦争後、マッカーサー率いるGHQがもたらしたものだといわれています。

キャンセルのお願いが叶わなかった理由とは

誕生日ケーキ/バースデーケーキ(プレート付)生クリームケーキ6号(苺

パパが1日でも嘘をつかないようにという少年マックスの切なる願いは魔法のようにみごとに叶いました。

それも古代ギリシャ時代から約5千年以上も続いている宗教的な伝統儀式の力からなのかもしれません。

マックスが心の声としてそれを願うことや同時に部屋のカーテンが揺れる演出も冴えていました。

その願いを知ったジム・キャリー演じる父フレッチャーは、翌日マックスにケーキの前でそれを取り消すように命じます。

が、そのキャンセルのお願いは叶わず彼はなお苦しめられることになります。それはおそらく時間帯が昼間だったからかもしれません。

何といっても誕生日の神・アルテミスは月の女神さまなのです。

子どもが魔法を使うという鉄板ネタ

りからいず 魔女の宅急便 キキ

『ライアーライアー』の物語の軸には少年マックスの願いが現実になったということがあります。

子どもが魔法を使うことは映画の鉄板ネタともいえるでしょう。ハリーポッター・シリーズや宮崎駿の『魔女の宅急便』などはその一例です。

『魔女の宅急便』のテーマ曲になった『やさしさに包まれたなら』では、子どもの願いを叶える神さまの存在が歌われています。

小さな子どもは生まれたばかりなのでまだ天国の神さまとつながっていると思われるからでしょうか。

『ライアーライアー』でマックスの願いが叶ってもどこか自然と腑に落ちるのはそんな思いがあるからかもしれません。

嘘をつけないというお笑いネタ

弁護士 検察合金バッジ 検察官ブローチ コスプレバッジ ハロウィン小道具アクセサリー

嘘をつけないということがこのコメディ映画の基本設定になっています。その真意を探りましょう。

嘘が武器になる弁護士

映画冒頭にマックスは先生の前で父の職業をliar・ライアー(嘘つき)だといいます。しかし、それはlawyer・ローヤー(弁護士)の言い間違いでした。

しかし実際、的を射ています。映画の題を『ライアーローヤー』にしてもいいほど、フレッチャーはローヤーでありながらライアーでもあります。

裁判のシーンでもそれは顕著に出てきます。フレッチャーはクライアントが良き妻でも良き母でもないことを巧みな話術でごまかしました。

嘘はついていませんが、事実を隠すという意味で嘘をついているのです。そして法律を味方につけて裁判を有利に進めました。

これは弁護士への皮肉でもあるでしょう。弁護士には事実の巧みな隠ぺいによって嘘をつき、悪人を法的に守っている人が少なからずいます。

そういう弁護士にとって、嘘は最大の武器だといえるでしょう。

正直さが売りになるコメディアン

シネマUSEDパンフレット『ライアーライアー』☆映画中古パンフレット通販☆
そんな弁護士に対しコメディアンは、逆に正直であることが最大の武器であり売りだといえます。

事務所の会議の席でフレッチャーの悪態が笑いを生んだのはその良い一例です。正直さは怒りだけではなく、時に爆笑をも生むのです

弁護士という嘘をつきがちな職種の人が、嘘をつけないバカ正直なコメディアンになる。

このギャップがこのコメディ映画の笑いの源泉にあるでしょう。嘘をつけないという設定の狙い・真意もそこにあるはずです。

嘘の良し悪しの大きな基準になるものとは

ライアーライアー【日本語吹替版】 [VHS]
本作のメインテーマとして、嘘をつくことが正しいのかどうかということがあります。

フレッチャーは、嘘はダメだと頑なに信じている息子マックスに、大人になれば嘘が必要になると言って聞かせます。

それに対し、マックスはこう返します。

「嘘は嫌いだ。僕が傷つくのはパパの嘘だ」

引用:ライアーライアー/配給会社:ユニバーサル・スタジオ

傷つけたかどうかというのは、嘘の良し悪しの大きな基準になります。気さくなジョークなら嘘でも大勢の人を笑わせるので善だといえます。

しかし見栄を張るための嘘なら、たとえ誰にもバレなくても本人のプライドや良心が傷つくことでしょう。

多くの政治家に見られるよう、罪逃れのために事実を隠す嘘であればそれは社会のモラルを傷つけます。

マックスの何気ないセリフには嘘に対する深い洞察が感じられるものでした。

嘘つき男にピッタリなジム・キャリーの演技

ライアー ライアー / デラックス・エディション [DVD]
嘘をつけなくなった男を演じるのにジム・キャリーは適役だったといえます。理由は彼の芸風にあります。

ジム・キャリーのすべて計算された芸風

『ライアーライアー』は90分足らずの比較的短い映画です。

それもそれ以上長いとジム・キャリーがぶっ倒れてしまうからではないか。そう思わせるほど、この映画での彼の演技はクレイジーでした

とにかく数秒おきに超絶の顔芸か超速球の早口トークを見せているのです。これには観ているだけで疲れたという人もいるでしょう。

おそらくキャリーの素顔はすごくマジメでおバカ役に完全に入り込んでしまうのでしょう。

エンドクレジットのNGシーンではそんな彼の役者としての誠実さも垣間見えます。

しかしその反面、すべての演技が作りこまれているので観る側には嘘っぽく感じられることもあります。

その意味で嘘をつけなくなって困るフレッチャーという男を演じるのに、ジム・キャリーは最適だったのかもしれません。

ミスキャストとも取れる要因

一方でジム・キャリーはミス・キャストだったのではと思わせるところもあります。

フレッチャーは仕事や女遊びが過ぎて家族との約束も守れません。幼い子どもにさえ嘘をついてしまうのです。

しかし演じるキャリーは子どもそのもので、マックスとの相性も完璧です。

キャリーは笑いを取るために嘘はついても、自身のエゴや欲望のために嘘をつくような悪い大人には見えないのです

もう少しリアルに弁護士を演じられるコメディアンだった方が家族ドラマとしての筋は立ったのではないでしょうか。

いずれにせよ、ここは意見が大いに分かれるところでしょう。

監督の描く愛の形

直輸入、大きな写真「ライアーライアー」ジム・キャリー、
トム・シャドヤック監督は本作をふくめ3つの作品でジム・キャリーとコンビを組んでいます。監督の描く愛の形に迫ります。

家族愛

その嘘つきの性からかフレッチャーは最初から離婚しており、実の子のマックスとは少し疎遠になっています。

さらに妻のボーイフレンドの別の町への移住に伴い離れ離れになってしまう状況に立たされました。

一番かわいそうなのは幼いマックスです。彼は遊び上手なパパを大好きな反面、その嘘つきぶりに傷ついています。

そんな息子を思いやり誠実さに目覚めたフレッチャーは空港であるとんでもない行動に出ます。その原動力はやはり家族愛だったでしょう。

最後、マックスが誕生日ケーキに両親の仲直りを願わなかったことは、逆に家族愛が確かになったことを伝えます。

博愛

シャドヤック監督はこの作品で父子の絆を軸にしながらより普遍的な愛を訴えているようです。

フレッチャーは嘘をつけないことで最初は痛い目にばかりあいます。

しかしそれが笑いを生んだり公正な行いに繋がったりしたことで考えを変えました。

最終的に彼はバカ正直であることのもう1つのポジティブな面に気づきました。結局、それは自分の気持ちに素直になることでしょう。

プライドに執着せず素直になることは人への愛、ひいては博愛にもつながります。

フレッチャーがそれまで忌み嫌っていたホームレスに有り金をすべてあげるシーンに、それが何よりも表れているといえるでしょう。

大の嘘つきが博愛に目覚めるというこの筋もまたギャップがあるだけに笑いをも誘います。