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ゾンビ映画といえば恐ろしいゾンビがウヨウヨ出てくるホラー映画であるというイメージがあります。
しかしそれを笑い飛ばしてくれたのが、ゾンビ映画の中でもコメディ色が際立つ「ショーン・オブ・ザ・デッド」です。
2004年にイギリスで製作され大ヒットしたにもかかわらず、日本では2019年にようやく公開。
ゾンビ映画ファンにとっては待望の一作ではないでしょうか。
ラブロマンスあり、アクションシーンも満載でユーモアに富んだ本作で異彩を放ったのがラストで描かれるシーンです。
どのゾンビ映画とも異なる想定外のラストに意表をつかれます。
何故あのようなラストシーンになったのでしょうか。
ラストで描かれている日常の意味、更にゾンビがいるという非日常にショーンがいち早く溶け込めたのはどうしてなのか振り返ってみましょう。
ゾンビとは?
突如現れたゾンビに日常を脅かされショーンたちは逃げ惑うことになるのですが、そもそもゾンビとは、どういう生き物なのでしょうか。
ゾンビの生態は
不明な点が多いのですが一つだけハッキリしているのは、ゾンビは人間を食べるということ。
人間を認識して追いかけてくるので、視覚、聴覚、嗅覚、触覚は機能しているのではないかと推察できますね。
ただ、本作では走ることは出来ないようなので運動機能はあまり良くないかもしれません。
また、感情に乏しく本能で動いている節があります。
既に死んでいるので普通の方法では死にません。
首を切り落とすか、脳を損傷させるしかゾンビを倒す方法はないようです。
どうしたらゾンビになるのか
本作ではショーンの母親のバーバラと義父のフィリップがゾンビになるのですが、どのようにしてゾンビ化するのか考えてみます。
ウイルスのように空気感染なのか、接触感染なのか。はたまたそのどちらでもない何か、なのでしょうか。
二人はゾンビに噛まれ死亡した直後に生き返り、ゾンビになっていることから、噛まれると感染するという構図が考えられます。
ゾンビの血液が体内に入ることで感染するのかもしれません。
ただ、突如として街中に溢れ出したゾンビたちは、どうしてゾンビになってしまったのか不可解な点が残ります。
ゾンビは人間にとって危険なのか
人間を食べようとするので、ゾンビは人間にとって危険この上ない生き物であることは火を見るより明らかです。
さらに噛み付かれたらその人自身もゾンビになるので、ゾンビとの接近や接触は絶対に避けなければなりません。
非日常の世界でゾンビの獲物になってしまった人間は、必死に逃げて生き延びなければならないのです。
ショーンの日常
ゾンビが現れる前のショーンの日常はどんな生活だったのでしょうか。
そして人々がゾンビ化していく、非日常をショーンはどう感じていたのか探ってみます。
毎日のルーティン
ショーンは朝起きてからの行動が毎日のルーティンとしてしっかりと決まっています。それを毎日同じように繰り返すのがショーンの日常なのです。
さらにこのルーティン、なんとゾンビが多発する非日常的な世界になっても変えることはありません。
ショーンの現実を受け入れたくない気持ちを感じ取ることができます。
日常生活を繰り返すことでゾンビがいるという非日常と折り合いをつけたかったのかもしれません。
鈍感力による受け入れ
恋人のリズにデートにエドを連れてきてほしくないといわせてしまうほど鈍感なショーンですが、今回はその鈍感さが功を奏したといえます。
ゾンビのニュースが流れようとお構いなしにチャンネルを変えます。
近所では次々に人が襲われているのに、その鈍感力ゆえパニックにならずに済んだのかもしれません。
情報過多になり、無駄にゾンビを恐れ、その情報に踊らされてパニックになり自滅してしまうのはゾンビ映画によくあるパターンです。
ショーンは無自覚の内にスルーしてしまうことでパニックを回避。
少しずつゾンビを認識していくことで、結果的に非日常を受け入れていったのではないかと考えられます。
ショーンを取り巻く人たち
登場する人物はそれぞれの役割を担っていると考えられます。
ショーンにかかわり深い人たちはそれぞれどんな役割を担っているのでしょうか。