そんな幻想をジャックは抱いていたのかもしれません。芸術は快楽を伴うと信じていたように見えます。

そんな彼は殺人を犯すきっかけと出会ってしまったのです。

殺人の快楽を覚えたジャック

ジャックが第一の殺人で終わりにできなかった原因は、快楽を知ってしまったからだと推察できます。

第一の犯行は偶然だったとしても、次の殺人は自分から獲物を探しに行っているのです。

ジャックが得た快楽は、完璧な家が完成した時に味わうと思われる快楽なのではないかと錯覚したのかもしれません。

そして殺人を犯すたびに、「これは芸術における快楽だ」と思うことにしたのでしょう。

殺人は完成しない家の穴埋め

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完璧な家が完成しないということは、芸術作品を作っていないこととイコールです。

ジャックは芸術家になれないことを直視したくないがために、殺人を芸術と位置づけて自己弁護したように見えます。

殺人をまるで芸術作品のように並べたり撮影したりするのもそのためです。完成しない完璧な家への苦悩を穴埋めするための殺人。

言い訳するようなジャックの行為は、彼が死ぬまで続くでしょう。

落ちた地獄での行く末

映画の終盤に入り、謎の男ヴァージが突如として現れます。彼は人間なのでしょうか、それとも幽霊なのでしょうか。

ダンテ「神曲」の登場人物

神曲 地獄篇 (河出文庫 タ 2-1) (日本語) 文庫 – 2008/11/20

ヴァージがダンテの「神曲」に登場する地獄の案内人であることが、彼のセリフから分かります。

ヴァージは人間でも幽霊でもなく、きっとジャックの脳内で作り上げられた妄想の人物なのでしょう。

「神曲」という芸術を脳内に描くのも、芸術に固執したジャックらしい発想です。

自己対話

黄泉の国や楽園・溶岩が沸き立つ岩場など、現実世界には存在しないものが次々に現れます。それらはやはり妄想の産物だったのでしょう。

そしてジャックが地獄に落ちたのは、彼自身が作り上げた妄想の結末です。

仮に彼が殺人に対して本当に後ろめたさがなかったのなら、地獄に落ちる結果にはならなかったでしょう。

つまりジャックは分かっていたのです。自分が地獄に落ちるほどの悪事を働いたことを。罪を認めることは地獄に落ちることと同義なのです。

冒頭の告白

何者かが12年間に起きた罪を告白するシーンから映画が始まります。この男は地獄に落ちた後のジャックなのではないでしょうか。

「神曲」は、主人公ダンテが地獄から天国へ向かうストーリーになっています。

監督がこれになぞらえて映画を作ったとするならば、ジャックも地獄に落ちた後に罪を認め浄化されたはずです。

そして再生への道を辿ったと考えられます。ですからこの映画はジャックの異常な殺人をテーマにしているのではないのでしょう。

罪を償って再生する彼の人生を描いた作品だと解釈すべきなのだと思われます。

まとめ

HOUSE THAT JACK BUILT

自分に才能・能力が無いことを認めるのは誰だって苦しいものです。

そして他人にその原因を責任転嫁したり、八つ当たりするのは簡単だと思います。

ジャックの例は特殊ですが、彼も現実から目を逸らして、殺人に答えを求めたのでしょう。

ジャックは自分の脳内で「神曲」を想像し、地獄に落ちる決断をしました。

その結果、彼は再生することができたのです。原因は自分で取り除くしかないし、自分がやるしかありません。